第19回 「運動の自動化について」

 自動化が起こるとなぜいけないのか?

 

 今回は教本を離れて自動化が起きるまで反復していけないのか、その理由については教本で説明している個所は見当たりませんので補足しておきます。

 

 さて、「単元8 スポーツの素養づくり子どものトランポリン運動(エアリアル・トレーニング)」の「7.エアリアル・トレーニング指導上の留意点」「7、直接かたちに表れない考え方・留意点」では指導にあたって常に“転移”について意識しておくこととあります。転移とは、ある運動が他の類似した運動に応用できることを意味しています。たとえば、野球などで行われるキャッチボール(片手での投球)を幼少時に行っておくと、将来野球だけではなく、バドミントンのスマッシュやテニスのサーブに“転移”できることが知られています。これは“正の転移”とも呼ばれます。つまりある運動経験が他の運動に役立つ、プラスの働きをするからです。

 教本では書かれていませんが、転移には“負の転移”と言うのもあります。たとえば、日本の中学の部活人口が最も多いのは軟式(ソフト)テニスなのだそうです。よって学生時代に軟式テニスを経験した人はかなりいることになります。一方社会人の行うスポーツで比較的愛好者が多いものに硬式テニスがあります。学生時代に軟式を経験した人が社会人になり硬式テニスに転向するということはよくあります。そのような人たちはかなりバックハンドストロークに苦労するようです。軟式テニスでは、バックハンドを打つときに手のひらを前に向けた形で打ちます。この方が強い球を打つことができるようです。しかし硬式テニスでは手の甲を向けた形で打つのが基本です。わずかな差ですが硬式ボールの方が固く重いので、軟式の打ち方では故障をしやすいためです。

 学生時代に軟式のバックハンドストロークを自動化するまで習得した人は、むしろテニス未経験者よりも打ち方の違いによる影響を受けて苦労するのです。これが負の転移です。

 トランポリンでは指先、つま先、膝・腰を伸ばした姿勢を基本姿勢とします。もしこの姿勢を自動化するまで練習したらどうなるでしょうか?基本種目の段階で美しい姿勢を身につけておけば宙返りの際にもきれいな姿勢・安定した跳躍ができるようになります。

 しかし、たとえば、スキーやスノーボードの選手がトランポリンを用いて練習した際に自動的につま先を伸ばすようになったらどうなるでしょうか?これらのスポーツではブーツで足首を伸ばすことができません。ブーツの中で自動的に足首を伸ばそうとしたら無駄な力を使うことになりますし、ブーツが邪魔して足首を伸ばせないことが空中バランスに影響することも考えられます。さらに、多くスポーツでは中腰の姿勢とか言われる膝腰を軽く曲げた姿勢が、基本姿勢です。このようなスポーツで、もしトランポリンの基本姿勢を無意識に実施してしまったらどうなるでしょうか?たとえば柔道でその姿勢を取ってしまうと棒立ちの状態となり簡単に倒されてしまうでしょう。球技でも素早く走り出したり、方向転換をするとはできなくなるでしょう。

 

 このようにあるスポーツ独特の動作を自動化してしまうと、“負の転移”が起こってしまう可能性があるのです。だから、トランポリン愛好者がトランポリンのためにトランポリンの基本姿勢を自動化できるまで練習するのはよいのですが、エアリアルトレーニングでトランポリンを利用している児童に対しては、自動化が起こるまで反復練習をさせてはいけないのです。